特許コラム
2011年9月14日 水曜日
よもや自分が・・・
独立してから、技術交流会に顔を出したりして、あちこちの会社の方とお話する機会が増えています。
そういう場で「弁理士です」と自己紹介してお話すると、自然に知財の話になるのですが。
そこで「なるほど」と思うのは、研究の人も知財の人も多くの人は
「よもや自分が知財の裁判に巻き込まれるようなことはないだろう」
と心のどこかで思っている、ということです(まあ、大企業の大きな知財部は話が違うのかもしれませんが・・・)。逆に「特許で他社を攻めて、市場を独占してやる」と熱く語る方にお会いすることなど、めったにありません。
えらそうに書いていますが、私自身、研究者時代も会社の知財部員時代も「よもや自分が・・・」と思っていたように感じます。
いやまあ、それが間違っていると申し上げるつもりはありません。実際、知財訴訟が発生している件数なんて、それほど多いわけではないですし、研究の方も知財の方も知財訴訟になどかかわりを持つことなく、企業人生を終える方がほとんどです。
でも、一つだけ申し上げたくなるのは、
「知財訴訟に巻き込まれてしまった人も、ほとんどは「自分が知財の訴訟に巻き込まれるとは思ってもいなかった」と感じているはず」
ということです。
知財訴訟といえば、大企業が高度な先端技術でやっているものであって、そんなもの普通の会社には関係ない、という考えは通用しません。
最近、新聞で話題になった切り餅事件(サトウ食品と越後製菓の特許訴訟事件)などは、切り餅に入れる切れ込みに関する特許であって、「先端技術」に関するものではありません。
また、この事件は(おそらく)「餅業界」では初めて起こった特許訴訟でしょうから、「これまで問題が起こったことないからこれからも問題は起こらないだろう」、という考えも通用しません。
100年前からまったく同じ製造方法で変わらぬものを作っている老舗の店みたいなところ以外は、メーカーである限り、特許訴訟に巻き込まれる可能性は絶対ゼロにはなりません。
だからといって、その「万一」に備えて、すべての会社が知財の備えを100%きちんとすべき、とも言えないとは思うんですよね。そこのところが難しいところなのですが。
さっきも書いたとおり、知財訴訟に巻き込まれる可能性はそれほど高いわけではありません。ですから、そんな確率の低いできごとへの備えに金をつぎ込むわけにはいかない、というのも真理です。
ここのところは難しいところなので、私もそういう話になったとき、「もっと知財に力を入れるべきです!」と主張したりもしないです。ただ、「そもそも知財って何だろう?」などと思ったりして、色々と悩みが深くなってしまうわけですが。
それは、自然災害への備えみたいなものかもしれない、とも思います。大きな自然災害が続いているときにこう書くのは不謹慎かもしれませんが。
「どこまで備えるか」ということについて、正解はないと思います。しかし、「知財訴訟なんて自分には関係のない遠い世界のこと」と思うのは、やはりよくないことのように思えます。
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2011年9月 9日 金曜日
米国の懲罰的賠償
少し法律の仕事をされた方なら、誰でも米国での三倍賠償のことはご存知だと思います。米国では故意による不法行為の損害賠償においては、懲罰的賠償の制度があって、特許訴訟の場合は最大で損害額の三倍の懲罰的賠償が発生する、というものです。
このことが米国で損害賠償額が高くなる原因の一つと言われています。
とまあ、これくらいのことまでは、ちょっと特許のことを齧った人なら誰でも知っているわけですが、そこから先となると案外みんな知らないですよね。
もちろん、私もこのあたりのことを詳しく勉強したことはありません。
そこで、先日、「懲罰的賠償」をテーマにした弁理士会の研修に参加してきました。
非常に面白く、有意義な研修会だったのですが、それと同時に
「勉強しなければならないことはまだまだ多いな」
とも思った研修会でした。
米国で懲罰的賠償によって巨額の損害賠償が・・・という話であれば、マクドナルド・コーヒー事件が有名ですよね。
マクドナルドのコーヒーを膝の上にこぼしてやけどをした、と訴えを起こして、270万ドルの懲罰的賠償を認めた、というアレです。
あのマクドナルド・コーヒー事件というのは、みんな、「アメリカのトンデモ事件」という解釈をしていて、アメリカはとんでもない国だ、という解釈をする人が多いようですが、専門の弁護士の先生から話を聞くと、それはそれで理屈の通った話があるわけですよね。
それに、270万ドルというのも、陪審員の評決であって、最終的にマクドナルドが支払ったのはもっと安いということですし。
私はそのあたりの話ちゃんと知らなかったので、そのお話の部分だけでも「へえ」と思って非常に勉強になった、と感じました。
詳しくは、こちらをどうぞ。詳しい経緯を読んでも、面白いので。
それにしても、そのほかの話も含めて色々と考えさせられた講習会でした。
日本人のアメリカ裁判のイメージというと、
「弁護士が多いから訴訟社会」「弁護士が成功報酬のみだから裁判が頻発」「陪審員制度だから、とんでもない高額の損害賠償額も出やすい」
という感じでしょうか。私もそういう「ネガティブ」なイメージを抱いていた面があるのは事実です。
しかし、こういった講習会で話を聞くと、アメリカの法制度にも「日本の法律」にはない「よいところ」があるのは確かに事実だな、と思いました。
「法律」なんて、人間の取り決めですから、「絶対的に正しい完璧な法制度」なんてものは存在しないわけです。日本の法律には日本の法律のよいところが、アメリカの法律のはアメリカの法律のよいところがあるのは、考えてみると当然のことです。
「懲罰的賠償」にしても、これを通じて「世の中をよりよくしていく」という思想が根底にある、というところは、機械的な処理をする日本の法制よりもよいところなのかもしれない、と思いました。
実際、マクドナルド・コーヒー事件の後に、マクドナルドは火傷をしにくいように、コーヒーの温度を下げるなど、多くの方策を取ったということですから、そのための「懲罰的賠償」ならそれはいいことだな、と思いました。
こういう、特許以外の法律のことももっと勉強しなければならない、と強く思った帰り道でした。
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2011年8月27日 土曜日
恐怖のパテント費用
「恐怖のパテント費用-テクノロジをパテント訴訟業の餌食にするな。」というタイトルの記事をネットで見つけましたので、この内容について。
記事はこちらです。→
長いので、全部を引用することはできませんが、少しだけ記事からの引用を。
「企業がパテントにこれだけの巨額を払うのは、技術そのものが目的ではなくて、今後起こりうるパテント訴訟という大きな津波から身を守るためだ。GoogleやApple、Microsoftなどが投ずるこれらの何十億ドルという金は、新製品開発や、新たな雇用や、新たな設備投資など、生産的な活動には向かわない。しかも、これらのパテントが新しい製品を作るために使われることは、まずない。Googleは、他社のパテント攻撃からAndroidを守ろうとしているにすぎない。」
「パテントは本来、発明者(新しい製品を作って社会の進歩に貢献した個人や企業)を保護するために考えられた仕組みだ。でも最近の10年間では、何か恐ろしい間違いが横行している。パテントが、発明者を守るものではなく、単なる財務的法律的武器として使われ、製品の研究開発/製造/販売等はまったくしていない”無営業実体(non-practicing entities)”(すなわちパテントトロル)が、生産企業から金をむしり取るための手段として、ポートフォリオをかき集める。」
ここのところ、残念ながら真実といえるでしょうね。
ここ数十年ほどの間、「金を儲けるための手段を選んではいけない」という大変危険な思想が世界中を支配しているわけです。その「手段を選ばない金儲け」と知財がつながり始めた、とも感じます。
こういう記事を読むと、日本人はたぶん、永遠に「世界で戦う」ことなんかできないだろうな、という気もします。日本人は、
「特許を侵害していようがとにかく、進出する。特許のことなど、後で考えればいい」とか、
「他社が困ったり、世界の供給体制が混乱しようと、自分は金儲けのために権利を主張する。法律に違反していないんだから、それの何が悪い?」
というような「荒々しい気性」を持ち合わせていない、と思います。
それを持たないと、「世界で戦う」ということにはならないでしょう。ま、戦わずにこっそりと外国に忍び込むのが日本のやり方、とも言えるわけですが。
というわけで、現在、こういったアメリカでの特許の状況というものが日本でも発生するか、というと、日本ではそうはならないんじゃないか、という気がします。
そういう意味では、日本国内ではむしろ「特許」というものは「本道」のなかで進めていき、アメリカについてはアメリカ特有の問題として考えるべきかもしれません。
ただ、アメリカでも巨大な売り上げを持っていたり、主要なライバル企業がアメリカ企業であったりするような企業は、「アメリカの特許」については日本の特許と切り離して考えるべきかもしれない、という気もします。
特に、IT情報関係で技術の移り変わりの速い業界は注意が必要かもしれません。
それにしても、「屁理屈であらゆる物の経済的価値を吊り上げて金儲けする」という現在のアメリカのやりかたは、いつまで続くのでしょうか。そろそろいい加減にして欲しいところです。
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2011年8月27日 土曜日
発明とは難しいものなのか?
サムスンとアップルが訴訟をしていますが、そのなかでサムスン側が「2001年宇宙の旅」の映像を証拠として提出した、という話がネットニュースで出ていました。
その扱いが「キワモノ」ニュース扱いなのに少し驚きました。「ネタ扱い」というか。「特許訴訟なのにそんなものを!?」みたいな感じで。
でも、証拠として提出したのは意匠がらみの話ですからね。あのタブレットのデザインが昔から知られたものであって、アップルが新たに作り出したものではない、ということを示す証拠なら、そりゃあ映画の映像だって普通に証拠になるでしょう。
そう考えると、そんなキワモノニュース扱いにするようなことでもないと思うのですが……。
私は、(何度か本ブログでも書いたように)サラリーマン時代は化粧品特許の仕事をしていました。化粧品特許で情報提供をするときに提出する文献が女性雑誌のコスメ関連記事、ということなんてのも、何回かありました。それを思うと、SF映画の映像を、今回のような意匠ではなく、特許の先行文献として提出する可能性でさえゼロではないですよ。
なんとなく、あまり研究とか特許に関わったことのない人は、技術や特許というのは「難しいもの」「自分たちに理解できないような高度なもの」というふうに考えがちですよね。
でも、そういう考え方は捨てたほうがいいんじゃないかと思います。
誰でも理解できるような単純なアイディアが商品になっているものなんて、世の中に沢山あるでしょう? 以前、本ブログで取り上げた花王vsヘンケルの訴訟にからむ染毛剤特許なんて、専門家でなくても思いつきそうな、単純なアイディアです。(洗顔フォームで使うような泡洗顔容器に染毛剤を入れる、というだけのことですから。もっとも、そういうものほど逆に盲点になりやすいとも言えますが)
あの技術だって、花王という特許に関して厳しい考え方をする会社だから、特許出願して早期権利化をして訴訟も提起して、ということをしました。
でも、もしもあれを思いついた会社が特許のことを分かっていなくて、「特許というのは難しくて高度なものを出願するもの」と思っていたらどうなったでしょうか。
場合によっては、「こんなもの、誰でも思いつくことだし特許にならないだろう」と思って、特許出願もせず、短期間で他社に真似されて、大量の商品群のなかに埋もれてしまう、という経緯をたどったことでしょう。
そのことについて、「特許を出していたほうがよかったのに……」という助言をしてくれる人が誰もいなければ、「自分たちが失敗をした」ということさえも気がつかないでしょう。
私がサラリーマンで研究者の頃に言われたこととして、
「技術的に簡単で誰でも思いつきそうに見える技術の特許のほうが重要だ。高度な技術はほんとうに商売になるかどうかも分からないし、技術が難しいから他社も簡単に真似できない。でも、簡単な技術はすぐに実現しやすいし、実現するとすぐ他社に真似される。だから、「技術的に簡単そうに見える特許」をバカにしてはいけない」
との言葉を、今でも覚えています。
そういったもろもろのことを思い出していると、サムスンが「2001年宇宙の旅」の映像を証拠として提出した、ということを、「キワモノニュース」扱いなんかしては駄目ですよ、と改めて思います。
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2011年8月18日 木曜日
盆休み
盆休みもあっという間に終わり、事務所も平常運転となりました。
というか、一昨日から仕事をしていたのですが、ブログの盆休みは仕事より少し長め、ということになりました。
で、盆休み明け一発目のブログ更新となるわけですが。
盆休みに実家に帰りまして、久しぶりに兄と話をしました。兄は某電機メーカーで開発の仕事をしております。で、最近のアップルとかアンドロイドの辺の話になったわけですが。
最近のアップルの特許訴訟はすごいわけです。最近では知財のニュースサイトなどを見ていると、アップルがらみの記事ばかりです。私は化学メインの弁理士なので、このあたりの詳細な社内事情は分からないし、業界慣習やアップルという会社の社風も分からないので、いまひとつピンと来ないまま、その記事を見ていました。
今回のような話ですと、どんな特許でどんな商品を訴えたか、という法律上の話よりも、アップルの世界戦略、業界のこれまでの経緯とか、アップルとその他の会社との関係とかいった、企業間の背景のほうがずっと重要であるように思います。
こんな言い方をするとアレですが、たぶん、何かの形でアップルに対する特許侵害は起こっているんじゃないか、という気がしますし。ああいう複雑な世界で、沢山ある特許のすべてを回避したら、類似商品はなかなか製造できないでしょう。
ただ、そのなかでアップルが敢えてここまでの「おおごと」に話を広げた、ということの背景は何なのか、ということが重要なのだろうな、と漠然と思っていました。
なんだかんだ言って、訴訟というのは面倒くさいし大変なので、あまり事態を「おおごと」にしたくない、と考える人が多いですから。
と、そんなことを思ったりはしていたものの、私は電機業界とは無関係の人間なので、遠くから見物しているような気分でした。もともとコンピューターへの興味もゼロですし、スマートフォンも持っていないです。アップルという会社がどんな会社かもぜんぜん知りません。
で、そんな中で久々に兄と話をすると、やっぱり業界内部の人しか知らない話が満載で、非常に面白かったです。その内容はここでは書きませんが。
でも、なぜこんな「おおごと」に話が広がったのか、ということの一端だけでも分かったような気がしました。
いずれにしても、この訴訟は確かに色々と大変なことになるな、という印象をより強くしましたし、日本企業はこの訴訟にかかわることがなければいいな、と思いました。
そして、こういうデカイ業界のデカイ話は大変ですが、それでも根本のところは、小さい業界と同じような発想で動いているんだな、と思ってしまいました。
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