特許コラム
2010年7月15日 木曜日
弁理士への不満
お会いした方から、「弁理士への不満」をお聞きすることがあります。弊所のクライアント企業の方に限らず、色々な人からそんな話をお聞きします。
一番よくお聞きする不満は、
「弁理士というのは、結局、こちらが説明したとおりに明細書を書いてくれるだけ。こうやったらいい権利が取れるとか、ここはこう書いたほうがいい、といった専門家としてのアドバイスが全然ない」
というものです。
複数の人からそんな意見を聞きました。同一の弁理士に対する意見として聞いたわけではなく、それぞれが別の弁理士についておっしゃっていたので、弁理士に対するそういう不満は、ある程度一般的なものかもしれません。
そんな不満に対して、弁理士が悪いとか、会社の依頼の仕方が悪いとか言うのは簡単です。
しかし、現実はそんな簡単なものではないと思います。
弁理士の言い分としては、クライアントの側から値下げの要求が厳しい昨今であれば、1件に時間をかけることは不可能。現在の価格水準であれば、言われたとおりに明細書を書くのが精いっぱい、というところです。
特許明細書というのは、出願件数が増えればコストが下がるものではありません。ですから、「沢山依頼するから安く」という要望に答えるためには、1件にかける時間を減らすしかないのです。
また、会社側の依頼において「こう書いて下さい」という方針がきっちりしていると、きっちりしているために逆にケチをつけるような部分がなくて、「言われたとおり書く以外ない」ということもあります。
このような考えの結果、結局、特許事務所の弁理士から「専門家」としてのアドバイスのないまま出願が進んでいく、ということになります。
特に特許部がしっかりした会社であるほど、「方針は企業の特許部が決めるのだから、特許事務所は言われたとおりに明細書を書けばよい」ということになりがちです。
人によっては、このようなやり方での対応に不満を抱かれるのは当然だと思います。
実際、「弁理士というのは専門性の高い仕事だ」と言うのであれば、専門家としてのアドバイスをして当然と考えるべきでしょう。それが何もないのであれば、なぜ出願1件にこんなに金を払わなければならないのか、とも思う人も中にはいるでしょう。
こんな風な二つの考え方のどちらかが正しいということではないと思います。そこに正解はない、と私は思います。
弁理士や企業の方がそれぞれ自分の立場によって、自分が正しいと思う仕事のやり方をしている、ということです。
しかし。
私個人としては、何とかして、専門家としてのアドバイスをしていきたい、と思いながら日々仕事をしていきたいと思っています。
現時点でそれが成功しているか、私は何も言えません。それを判断するのは私ではなく、クライアント企業の方でしょう。
実際、これまでの弁理士さんも多くは、そういう目標を持ちながら、現実的にクライアント企業から
「専門家としてのアドバイスがない」
と言われてしまう状況に至った、というのが実情ではないかと思います。それだけ、「専門家としてのアドバイスを行い続けること」は難しいことなのかもしれない、と思います。
実際、これまでの弁理士さんも多くは、そういう目標を持ちながら、現実的にクライアント企業から
「専門家としてのアドバイスがない」
と言われてしまう状況に至った、というのが実情ではないかと思います。それだけ、「専門家としてのアドバイスを行い続けること」は難しいことなのかもしれない、と思います。
とはいえ、少なくとも「専門家としてのアドバイスが全然ない」と言われてしまうようなやり方にはならないように、少しでも自分なりのアドバイスを、と意識はしているつもりです。
ですから、弊所にご依頼戴く際には、「こんなこと、弁理士に聞くべきことじゃないのかもしれない」等という遠慮はなさらず、どんどんと色々な質問を投げかけて戴きたいと思っています。
また、私がクライアント企業の方針に対して「それは間違っていますよ」ということを申し上げることも多々あると思います。
そのような場合も「専門家としてのアドバイス」を申し上げたい、という気持ちからのことだとご理解いただきたく、お願いします。
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2010年7月14日 水曜日
なぜ独立したのか?
特許事務所を開設して3年目になるわけですが、その間に色々な人からよくされたのが、
「なぜ独立しようと思ったんですか」
という質問です。
そして、そう聞かれるたびに、答えに窮します。
なぜ独立したのでしょうか。
本当に私にもわかりません。深い考えがあったわけでもないし、昔から独立することを目標にしていたわけではありません。「なぜ」と聞かれて答えられるような明確な理由はありません。
ですから、「たまたま、そういう巡りあわせがやってきた」というくらいのことしか答えられません。
とはいえ、私自身としては、そういう独立の仕方も悪くないと思っています。
明確な目標やはっきりしたビジョン、こんなことをやりたいという野望等を持たず、真っ白な状態で独立したのですが、それゆえにこだわりなく事務所経営のことを考えられましたし、独立してから学ぶことも非常に多かったです。
そんななかでも、色々とやっているうちに自分が今やらなければならないこと、目指すべき方向は少しずつ見えてきて、事務所も少しは形ができてきたという感じです。
何にせよ、3年目に入った今でも「なぜ独立したのか」と考えると、ちっとも答えは出ません。しかし、「独立するんじゃなかった」とだけは一回も思っていないことを考えると、独立の理由というのは大切なことでないのかもしれません。
投稿者 八木国際特許事務所 | 記事URL
2010年7月12日 月曜日
中小企業の知財戦略
中小企業の知財戦略について調べてみると、特許庁ウェブサイト中にかなり充実した内容の資料が掲載されています。
こちら
の資料等は、非常に分かりやすく、中小企業の方が知財を経営に取り入れていくにはどうすればよいか、説明されているように思います。
という記事だけで終わるのは芸がないので、私なりに思うことなども、ちらほらと。
①1件の中身を濃く。
大企業の特許出願を見ていると、1件の中身が薄い案件も多々みられます。大企業であれば戦略上このようなことをやるのですが、中小企業は資本力が弱いですからこのようなことはお勧めしません。
いかに1件の中身を濃くするかが重要です。
②特許出願は社外へのアピール
中小企業の場合は、いい技術を開発したときそのことを社外にアピールする必要があります。特許公報は、関連するほとんどの会社が読んでいますから、特許が公開されたことは技術力をアピールする力があります。
③海外出願は費用対効果を考えて
海外出願は非常にお金がかかります。しかし、グローバル化が進む昨今、海外出願をしておくことのメリットもまた大きいものがあります。
費用の概算を計算したうえで、外国出願の費用は回収できる、と判断した場合はPCTによるお外国出願をお勧めします。
④特許は自分の実施確保ではなく、他社の実施を邪魔するため
大企業の場合は防衛出願を大量に出願して自社の実施範囲を確保することがよく行われます。
しかし、中小企業の場合はこのようなことに貴重な資本を投入することは好ましいことではありません。
中小企業の場合は、あくまでも「他社が実施できないようにする」ことを目標として出願することが必要であると思います。
⑤特許を金に変える
技術開発をしてその内容で事業を行ない利益を得るのが理想ではありますが、短期間で勝負が決まるような技術、自ら全部実施するには、乗り越えなければならないハードルが高い技術等の場合は、技術自体を売却してしまうことがむしろ好ましい場合もあります。
このような技術売却の場合は、特許が重要になります。
また、最近、知財を担保とした融資等もありますので、知財を資金に変えていくという視点も重要になります。
というあたりでしょうか。
しかし、この程度のことは、基本の基本にすぎません。
現実に作業を進めて行く上では、色々と戦略を立て、考えないことがたくさんあります。そんなもっと「ぶっちゃけた」話も機会があれば、していきたいと思っています。
投稿者 八木国際特許事務所 | 記事URL
2010年7月 8日 木曜日
非侵害の証明
私が会社の特許部で働いていたときの体験談です。
あるとき、競合他社から話したいことがある、との連絡がありました。
その業界において、私が勤めていた会社が2位、連絡をしてきたのは業界トップの会社でした。面倒なので、私が勤めていた会社をA社、業界トップの会社をB社と書きます。
そして、訪れたB社の方は、「貴社の製品Xは、B社の特許××××××という特許に抵触しているのではないか」と仰りました。
B社は分析結果が示されていて、侵害との結論に至った理由も詳細に示されています。
すぐに訴訟を、という話ではなかったのですが、とりあえず見解を下さい、ということでした。
そこで技術部門に連絡をして確認したところ、「非侵害」との回答でした。
問題になる特許は「成分A,成分B,成分C,成分D及び成分Eを含む組成物」という発明です。そして、A社の製品XはそのうちE成分を含まず、E´成分を含んでいました。
E成分とE´成分とは別の成分であるし、均等が適用される余地も無い根本的な違いがある成分でした。
ところが、それで良かった、とはならないのが難しいところです。
こちらは「E成分を含みません」と回答したのですが、先方は納得しません。「こちらの分析結果からみると、E成分を含んでいるはずだ」と言います。
何しろ、製品Xは上述した成分A~Eだけではなく、その他にも多くの成分を含んでいる複雑な混合物です。それをちゃんと分析してE成分が入っているかどうか、立証することは簡単ではありません。
B社の側は「E成分が入っていないのなら、なぜこのような分析結果になるのか」と詰め寄ります。しかし、A社側としては成分Eを使っていないことは知っているけれど、商品Xの分析結果がそのようになるのがなぜか、と言われてもそんなことは分からないのです。せいぜいが、「添加した他の成分が影響して、おかしな結果が出るのではないか」と反論する程度です。
A社としてはA社なりの別の方法での分析を行って、E成分は入っていません、と主張するのですが、B社は納得しません。
こうなってしまうと、水かけ論になります。私はこの交渉の途中でA社を退社してしまったので、その後どのようにして話が落ち着いたのかは知りません。ただ、訴訟にまではならなかったようなので、どこかでB社の方に納得してもらったのだと思います。
ここのところも化学特許の難しさかもしれません。
A社としては自分たちの実施内容から「非侵害」であることを分かっているのですが、「じゃあ、E成分が入っていないことを証明しろ」と言われると、その証明は決して容易ではありません。
E成分が入っていないのにE成分が入っているという結果が出た、ということはB社の分析方法が妥当でなかった、ということになるわけですが、では、その分析方法のどこがいけないのか、ということになると誰にも分かりません。何しろ、その分析方法も、素人が一見した範囲では、理にかなった測定方法なわけです。
B社の側からしても、最初に言い出した手前、事業部が納得するような回答をA社から引き出さない限り、簡単に引き下がるわけにもいきません。
おそらくB社としてもA社の困惑には気が付いていたでしょうが、お互いに落とし所をどこにすればよいのか、困ったのが実際だと思います。
化学特許の「分析」の問題の難しさを実感した事件でした。
と同時に、「侵害をしていない」ときでも、特許の事件に巻き込まれてしまうことはある、ということを教えてくれた事件でもありました。
投稿者 八木国際特許事務所 | 記事URL
2010年7月 5日 月曜日
特許は必要悪??
私も、15年間、特許の仕事をしていくなかで、色々な方とお話をする機会があり、知財に関して色々な言葉を聞いてきました。
そのなかで一番印象に残っている言葉がこれです。
「結局、特許ってのは世の中にとって必要悪だから」
某社知財部の方の発言でした。
「必要悪」というのは、過激な言葉です。
しかし、ある意味、真実をついているのかもしれません。「必要悪」とまで言うと言いすぎかもしれないとも思うのですが。
私はとりあえず「研究開発を主体とする会社にとっての保険みたいなもの」と少し薄めて考えるようにしているのですが。
その方曰く、「だって、特許制度なんてものがなくても世の中がうまく回っていくのなら、特許制度なんてないほうがいいんだから。それじゃあうまくいかないから、ってことで特許制度がある、ってことでしょう」
というようなことでした(正確には覚えていません。結構昔のことなので)
確かに、世の中のすべての人が紳士的で、人が発明したことを安易に真似することはせず、パクリというものを誰もしないとしたら、特許制度なんていらないでしょう。
まあ、そこまで行ってしまうと、世の中の進歩は大幅に遅れ、活気のない世の中になるでしょうが。
それを指して「必要悪」とおっしゃられるのは非常に興味深い言葉に思いました。
とはいえ、世の中のすべての人間が清廉潔白だったことなんて、有史以来一度もないわけですから、「必要悪」とまで言ってしまうこともないような気がします。
それに、誰かが思いついたことを真似することで技術が進歩する面があるわけで、「真似」イコール「悪」とも言い切れないわけです。
で、私が思うのは「特許は保険みたいなもの」ということです。
特許を取らなくても商売はできます。
しかし、特許を取っていない状態で商売をしたとき、儲かりだした頃に真似する会社が出てくる、ということは非常に多いです。
真似されると、後発のほうが有利です。研究投資に金がかかっていませんから。そこでコスト競争に巻き込まれてしまうと、先発のほうが不利という状況になってしまいます。
それを避けるために、特許化を図るわけです。つまり、「他社」を攻めるための武器として特許はあるわけです。
そういう「将来、真似する人」を防ぐために、研究開発がまだまだ初期段階にある時点で特許出願をしないといけないわけです。
企業の研究開発の多くは、初めのうちは「海のものとも山のものともつかない」状態です。その時点で、特許出願しなければならないわけです。
その特許が本当に役に立つのか、将来、真似する人が現れるほど成功するかどうかも分からないうちから、特許対策は始まっているのです。
こう書くと、「保険」と書いた気持ちが少しは分かってもらえるでしょうか。
その将来どうなるか全く分からないものについて、対策を練っておく、という点で保険のような面がある、ということです。
そして、「保険」と同じことで、やらないわけに行かないですし、かといって保険にばかり時間や金をかけていても、実際のビジネスにエネルギーが回らなくなってしまいます。
そこのところを、どの程度配分していくか、それが経営者の「知財戦略」にかかってくる、と言えるのかもしれません。
投稿者 八木国際特許事務所 | 記事URL