特許コラム

2010年12月 7日 火曜日

企業知財と特許事務所

 経歴を見て戴ければ分かるとおり、私はかつて某社の特許部で特許の仕事を6年ほど経験した後に特許事務所に転職しました。
 その後、特許事務所での経験を経て、独立に至ったわけですが。
 
 企業知財と特許事務所の両方を経験して分かるのは、両方の仕事が似ているようでいて現実には全然違っている、ということです。
 私が企業知財にいた頃、特許事務所の人が何を考えているのか、全然理解していなかったと思います。また、特許事務所にいるとき、企業知財経験のない所員は、企業知財のことをよく分かっていなかった、とも思います。(更に、独立をしてみて、事務所を経営している弁理士が何を考えているかも全く違う、ということを最近、理解しつつあるのですが、この話はまた別のことです)
 
 その違いがどんなものかを語りだすと、どれだけの言葉を尽くしても足りないという気がするのですが、「結局は」と落ち着くところもあると思います。
 何かというと、組織自体の目的の違いです。特許事務所の所員は特許事務所の利益のために働いているし、企業知財の人は会社における特許部の遂行すべき任務を果たしています。
 それぞれ、自らの属する組織の利益のために働いている、と言えるわけです。その目的の違いが、それぞれの仕事の性格の違いにもなるわけです。
 
 企業の利益が特許事務所の利益につながるとは限りませんし、逆もまた然りです。企業知財が役割を果たすためには、特許事務所に厳しい目を向けることが必要な場合もあります。そういった立場の違いが、仕事の質、考え方の違いにつながっていくように思います。
 
 そうは言っても、一緒に仕事をする立場である以上、そういう「目に見えない壁」のようなものがなくなって、相互に同一の目的を達成するために仕事をする、という状況ができれば理想ですが、なかなかそうはいきません。そこは、別組織である以上、止むを得ない部分もあります。
 
 とはいえ、少なくとも「相互の信頼関係」がなければ、いい仕事ができないのもまた事実です。それをどうやって構築していくのか。
 それこそが、企業知財にとっても特許事務所にとっても一番重要で難しいことなのかもしれません。このあたりも、また機会があれば、本ブログで色々と突っ込んでいきたいと考えています。

関連記事

 

投稿者 八木国際特許事務所 | 記事URL

2010年12月 2日 木曜日

(屁)理屈の世界

「このコーナーでは立ち読みをしないで下さい」
 
 この前、本屋に行ったとき、こんな貼り紙がありました。この貼り紙はマンガのコーナーにありました。
 これを見て、私はううむ、と思ってしまいました。
 
 なぜか。
 これを見た特許業界の人であれば、
「じゃあ、マンガ以外のコーナーでは立ち読みをしてもいい、ということですね」
と、たとえば雑誌コーナーでは立ち読みをしてもよい、という解釈をするということです。
 
 雑誌コーナーでも立ち読みしてはいけないのなら、「立ち読みしないで下さい」と書けばよいだけのことであり、「このコーナーでは」の一言は不要になります。かえって「このコーナーでは」とつけたことで、「その他のコーナー」では立ち読みしてもよい、ということが強調された感さえあります。
 
 でも、この貼り紙を書いた人はそこまでは考えていなかったと思います。マンガのコーナーで立ち読みして欲しくないと思ったからそう書いただけで、他のコーナーでは何時間でも立ち読みしてもいいですよ、ということが言いたかったはずはありません。
 
 まあ、日常生活においてこういう貼り紙を見たからといって、延々と立ち読みするのは褒められた態度ではないですが、特許の世界ではこういう解釈をして、「そんな貼り紙をする奴が悪い」という言い方をするわけです。
 法律というのはずいぶんと意地が悪い世界です。
 
 特許の仕事をされている方は、日常生活ではそんな意地悪はしないでいいですが、仕事中はそういった意地悪な性格を発揮しなければならないということです。

投稿者 八木国際特許事務所 | 記事URL

2010年12月 1日 水曜日

特許庁面接(5)


以前の記事はこちら。
 
ポイント⑥ 細々した言い訳はしない
 
 言い換えると、できるだけ話を単純化して自信を持って話す、とも言えます。
一つ例を挙げてみましょうか。
 
(例)
 本願発明
「X処理を施した基材M上に、樹脂Aを含有するコーティング剤を塗布する工程を有する基材Mの処理方法」
 
拒絶理由
「X処理を施した基材Mを樹脂Bを含有するコーティング剤で塗布することは引用文献1に記載されている。樹脂Aは、樹脂Bよりも耐熱性に優れた樹脂であることが当業者に周知であるから(例えば、引用文献2,3等)、耐熱性の向上を目的として樹脂Bを樹脂Aに置換する程度のことは当業者の通常の創作の範囲である」
 
そして、樹脂Bを樹脂Aに置換することは当業者に容易ではない、として反論する場合を考えましょうか。
 
ここで、ついやってしまうのが、隙のない反論をしようとするあまり、ものすごく複雑で、聞き手からすれば何のことか分からない論理を作ってしまう、ということです。
上の例に書いたようなケースであっても、基材Mは先行文献と本願とで微妙に違う、X処理でも処理条件が微妙に違う、「樹脂A」でも分子量が違うと性質が変わる、組成物が水系と溶剤系で性質が違う、等と色々文句を言いたいところが多岐にわたることがあるわけです。
 
考慮して欲しいことがたくさんあるからといって、それを全部審査官に伝えることは無理です。30分から1時間程度の短い時間で、何もかも理解してもらうのは、土台無理なのです。
 
ですから、一番重要なポイント1つ(かせいぜい2つ)に論点を絞って、そこを中心に話すべきでしょう。
上の論理で言えば、例えば、樹脂Aは水性のコーティング剤であるが引用文献では溶剤系のコーティング剤しか記載されていなくて、そこから反論することに決めたとしましょうか。
一旦、そこから反論すると判断したのなら、反論はそこに絞るべきだと思います。他の話をするときも、この中心の反論点からの派生事項として話すべき、ということでもあります。
例えば、「本願では水性コーティングにしたから、樹脂Aは分子量が特殊な範囲になっている」というような言い方で、話を一体化するようにすべきです。
 
ついつい、全体をまとめずに「分子量も違う」「前処理の条件が微妙に先行文献と違っている」という話を混ぜたくなるのですが、話を一体化できないのなら、あまり色々な主張を混ぜないほうがいいですよ、ということです。
 
要は、自分が短時間で説明しきれるだけの事項に絞ったほうがいい、ということです。私の場合は、「これ以上話す内容を増やすと、自分では説明しきれないな」という境界線を自分なりに決めていて、その境界線を越える話はしないことにしています。
 
案件によっては、どうしても複雑な話をしなければならない場合もあります。その場合でも、いかに話をぎりぎりまで削ぎ落して単純化するかを考えてください。

言いたいこと全部を詰め込んで、話を必要以上に複雑化したがる方もおられますが、それは逆効果だという気がします。
 
理解してもらうためには、話をどこまで単純化できるかということです。複雑な話をすると「頭のいい人が難しいことを言っている」と思ってくれる場合もあるかもしれませんが、それで「じゃあ特許査定にしましょう」ということにはなりません。
面接は「特許査定を得るためにできることをやる」ものであることをお忘れなく。
 
 これは、必要なこと以外は言わない、ということでもあります。それが非常に難しいことなのですが。どのような形にせよ、主張からいかに贅肉を削ぎ落とすかは非常に重要であると思います。

特許庁面接(6)
に続きます。
 

投稿者 八木国際特許事務所 | 記事URL

2010年11月30日 火曜日

特許法改正案(実施権、冒認出願の移転)

 今日は別のことでブログを書こうと思っていましたが、朝刊を見ると特許法改正の記事が出ていたので、予定を変更してこちらの記事のお話を。
 
「特許使用権 保護を強化
 特許庁が2011年の通常国会に提出する特許法改正案の全容が29日、明らかになった。
…(中略)…目玉は特許使用権(ライセンス)の保護強化。現在は特許庁に特許利用に関する当事者間の契約を登録していない企業が買収され、特許の所有権が移転すると、特許のユーザーは利用差し止めや損害賠償請求を起こされる可能性があった。
…(中略)…そこで、今回の改正案では特許の保有企業が経営破綻したり、買収されたりしても、ユーザーの使用権をそのまま認めるように変更する。
 特許横取りの救済措置も盛り込む。本来の発明者でない人や企業が出願して得た特許の名義を、訴訟を通じて真の発明者に変更できるようにする。
…(中略)…日本での特許出願は06年から4年連続で減少。ただ逆に世界では出願が増える傾向にあり、特許庁も企業が使いやすい制度を整えないと産業競争力が低下しかねないとの懸念を強めていた。」(2010年11月30日 日本経済新聞)
 
 というわけで、小出しに発表されてきた特許法改正もこれで全容が明らかになったようですね。
 あと、記事本文中で具体的には取り上げられなかったのですが、
「・特許の有効性の判断で、判決確定後は裁判所が優先する措置を導入」
とあります。これは、実務家は注意すべき点でしょう。
 
 これらの改正点は、妥当なものでしょう。前者は以前から問題視されていたところですし、後者も理論上、問題のあったところです。
 その意味では「意外」な改正はあまりないと言ってよいのではないでしょうか。いや、それはいいことなのですよ。妙な大改正をされるよりは、誰もが納得するような妥当な点で少しずつ改正していくやり方のほうが絶対に正しいでしょう。
 
 今回の一連の改正が「産業競争力を向上させるための改正」であるというのは事実でしょうし、それはいいことだとも思います。改正内容は妥当なものだと思いますし、特許庁も頑張っているのではないか、と思います。
 
 それよりも気になってしまったのは、日本経済新聞のこれら特許法改正の取り上げ方です。
 記事のなかでの論評の方法というか、改正の意味づけについての記事が妙なことになっているように思えてならないのですが、皆さんはどう思われますか。
 
 例えば、なぜ、今回の改正を出願件数と結び付けるのでしょうか。
 1面の記事だけでなく、3面の「きょうのことば」という欄でも説明が追加されているのですが、そこでは2000年から2009年までの日本、米国、中国、韓国、欧州の特許出願件数のグラフまで示されています。
 
 正直なところ、今回の改正は出願件数増加のためになされたものではないと思います。なのに、どうして無理やり「日本の出願件数減少」の話に結び付ける必要があるのでしょうか。(「特許庁も企業が使いやすい制度を整えないと産業競争力が低下しかねないとの懸念を強めていた」とありますが、別に特許庁も「特許出願件数増加」とは言っていないわけです)
 
 以前の日本経済新聞の記事について、
ということを本ブログで書きました。
 
 そのときの日経の記事でも、唐突に、
「特許戦略で海外に後れを取り、日本の競争力を阻害する一因にもなっている」
ということ書いていたことに、「それは本当か?」と思いました。
日本が特許戦略で海外に後れを取っているなんて、一切検証されていないことなのに、「後れを取り」と記事中で断言しているのが、まずおかしいと思います。更に、それが「日本の競争力を阻害する一因」になっているなんて、誰が検証したのでしょうか。
 
 出願件数が減っていることは、色々と背景があることです。それには特許庁の方針や裁判所の判例の流れ等、色々な事情がからんできます。そういう背景を無視して、「日本の出願件数が減っている」ということを「特許戦略の後れ」「日本の産業競争力低下」の象徴のように書くのは如何なものでしょうか。
 
 私たち弁理士にとっては日本の特許出願件数が増えてくれたほうが、仕事のパイが増加するので、有難いことではあります。しかし、弁理士がそんな視野の狭いことを考えていては、それこそ日本もお先真っ暗です。
 
このへんの記事内容については、最近、「日本経済新聞、もうちょっとしっかりしてくれ~」と思ってしまいます。

投稿者 八木国際特許事務所 | 記事URL

2010年11月29日 月曜日

「<反>知的独占」について


 先日、書店で見かけたとある本を買い、このブログで取り上げようと思いました。
 その本は、「<反>知的独占」 (ミケーレ・ボルドリン/デヴィッド・K・レヴァイン著 山形浩生/守岡桜訳 NTT出版;2010年10月29日;原著2008年)です。
 
 が、結局、この本を最後まできちんと読みきることはできませんでした。
 
 この本は、知財のことを経済学的観点から書いた本です。こういう本について本ブログ中で言及するのなら、安易な「感想」は書けないな、と読んでいる途中から思い始めました。
 知財に関することを書いた本についてブログに書くのなら、やはり「プロ」としての視点でしっかりした批評を書かなければ、と自分で勝手に思ってしまったのです。今まで、このブログでも本について触れたことはありましたが、それは所詮「感想」に過ぎないものでした。
 その内容を細部までしっかりと読んで、その内容について論理的に論評するようなことはしていません。
 しかし、今回、「<反>知的独占」の内容をブログで取り上げるのなら、「感想」レベルではない「論評」レベルで取り上げなければ、と思いました。
 
 そう思い始めると、なんだか本を読むのが妙に重くなってしまって、読んでいて楽しくなくなってしまいました。
 そもそもが、経済学の本なので、論理構成が私に馴染みのないものであるということもあり、私自身がのめりこめなくもなってしまいました。
 
「知的財産制度がないほうが、より効率的な産業の発展が見込まれる」
というのがこの本の趣旨であり、それは最初のほうで示されているわけです。
 
 それが真実かどうかは、最終的には知的財産権制度のない国家を作って試してみなければ分からないことです。
しかし、(当然のことながら)著者はその「実験」をやってこの本を書いたわけではありません。この本の著者はその結論をサポートする事実を多く挙げて、知的財産の問題点を指摘します。
 それは、一つの説として検討の余地があるとは思います。が、だからといって、今すぐに日本の知財権制度をすべて廃止する、ということにはならないわけです。現在、知的財産権が存在している世の中で、それなりの経済は築かれているわけですから。
 
 そこのところ、経済学というのは難しい学問だなと思いました。そして、これまで世の中で「天才」と言われた経済学者が作った理論が破綻する、ということ起こった理由はちょっと分かったような気がしました。
 実験せずに組み立てた理論はあくまでも「理論」でしかないわけです。
 で、それを現実に適用してみることが「実験」であり、やってみて初めてその理論の問題点が分かるわけです。が、「実験すると理屈どおりに行かない場合もある」ってことは至極当然のことです。
 
 こういった意味で、理系のなかでも「まず実験ありき」の考えが特に強い有機化学をやっていた私からすると、なかなか馴染めないです。理系でも理論物理や数学をやっておられた方なら、すんなりと馴染めるのではないか、という気もします。
 その辺り、私がこの本を「論評」できるレベルで読めなかったという理由です。大変残念に思います。
 
 「実験で確認できない経済学なんて学問として意味がない」なんてことを言ってしまうと、それは経済学を知らない人間の極論になってしまうわけで、そういうことは申し上げません。
それよりも、経済学をきちんと勉強している方が、この本を読まれたらどう感じるのか聞いてみたいと思いました。
 

投稿者 八木国際特許事務所 | 記事URL

大きな地図で見る所在地〒532-0011
大阪府大阪市淀川区
西中島5-5-15 新大阪セントラルタワー南館4F
[ホームページを見たとお伝えください]06-6307-2278FAX:06-6307-2281受付時間月曜~金曜:9:30~17:00
定休日:土曜・日曜・祝日

詳しくはこちら