特許コラム

2011年6月16日 木曜日

特許手続に関する判例

 一時期の忙しさも少し落ち着いたので、裁判所のホームページで最近の判例をぱらぱらと見ていたところ、興味深い判決が出ていたので、今日はその話を。
 ただ、これは細かな特許庁への手続きに関する話なので、その辺興味ない、という方はスルーで。読む時間が無駄になってもアレですので。
 
 さて、小生、会社で特許部門に異動して特許の仕事をやるようになって、最初の頃に本当に耳にタコができるくらいに注意されたこととして、
「共同出願である出願について拒絶査定不服審判を行うときは、絶対に出願人全員の名前を審判請求書の請求人の欄に書かなければならない」
ということがあります。
 ここを忘れて、一部の出願人の名前を書き忘れると補正の機会は与えられずに審判手続きが審決をもって却下されてしまいます。それが現在の特許庁の運用です。
 
 私は幸いにも、最初にこの点を厳しく言われたので、この失敗をしたことはありません。しかし、たまにこの点での失敗をして青くなる人がいる、と聞いています。
 
 法律(特許法第132条第3項)で明記されている点を満たしていないものについて甘い顔はできない、というのがありますし、長い間このような運用をしてきたので、きっかけがなければ運用を変えることもできない、という状況でしょうか。しかし、言ってみれば単なる事務的なミスに過ぎないものについて、補正の機会を与えてくれないというのは厳しすぎるような気がしていました。
 
 そんななか、この特許法第132条第3項違反での審決について、審決取消訴訟を行ったケースの判決が平成23年5月30日にあったとのことです。事件番号は、平成23年(行ケ)第10363号です。
 
 このケースでは出願人は外国の会社でその他に2人の発明者が出願人ともなっており、3社の共願として出願されています。
 この件について、審判請求時に会社名単独で手続きを行ってしまった、とのことです。
 
 これは審査基準や現在の特許庁の運用に基づけば、必ず審決をもって却下される手続き上のミスです。しかし、この判決では結論としては「特許庁は補正指令を出すべきであった」として審決が取り消されました。
 この判決で示された理由はあまり重要ではないと思います。手続のことだけに、どのように結論づけたとしても、それなりにもっともらしい論理にすることはできますから。重要なのは、「特許庁は補正指令を出すべきであった」との結論にあります。これは、これまでの特許庁の運用に反する判決と言えるでしょう。
 
 審判請求時に出願人全員の名前で行うというのは、手続上の問題ですからそんなミスをしないようにすべき、というのはもっともな意見です。弁理士はプロである以上、そのようなミスをしてはいけない立場です。
 とはいえ、弁理士だって人間ですから、「絶対にミスをしない」ということはありません。
 弁理士の単なる事務的ミスで、出願人に一切弁解の余地も与えられずに拒絶審決となってしまうのは、制度としてあまりよいものではない、と前々から思っていました。
 
 というわけで、このような判決が出たのは喜ばしいことではあります。それでも、審判を行うときには、共同出願人の名前を全員書く、ということは決して忘れないようにとも申し上げさせて戴きます。

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2011年6月14日 火曜日

科学知識について

今週の週刊東洋経済(2011年6月18日号)は、「身を守る科学知識」を特集しています。
 これはなかなか面白い特集記事だと思います。科学技術とあまり関係のない仕事をされている方も、関係のある仕事をされている方も、「科学技術と世の中の関わり」ということを知る意味では、参考になるのではないでしょうか。
 
 興味深いと思った言葉としては、大阪大学コニュニケーションデザイン・センターの平川秀幸准教授の
「市民が抱く『科学』のイメージと、本来の『科学』の姿にギャップがある。」(40頁)
という言葉を挙げたいと思います。
 
 「「科学」とは、実験や観察を通して、その背後にある一般法則や理論、因果関係を導き出すこと。そして、一般法則をまた個々の事例に応用し、新たな一般法則を導くことだ。(中略)
 ある時点で出された結論は、その時点での結論にすぎない」
「研究者の多い分野では2~3年もすればそれまで認められていた理論が一晩にして覆ることも多い」
といった言葉が解説も加えられています。
 
 あまり科学分野と触れ合うことが多くない人は、科学というのはすでに明らかにされた「絶対的な科学理論」があって、その「絶対的な科学理論」ですべてのことは説明がつく、と思っているフシがあります。
 が、現実は、少なくとも、「現在明らかになっている科学理論」で世の中のすべてのことは説明がつく、なんて状態では全くありません。そこまで科学は万能ではありません。「科学の常識」なんてものは、それに反する実験結果が出れば覆るような、脆弱なものです。
 
 特に化学の分野等では、「実験結果」が最初にあって、その「実験結果」を説明するために一応の「理論」を作るというのが思考パターンです。まず理論ありきで実験結果を理論の鋳型に無理やり押し込むようなやり方は、化学の研究には合いません。
 
 もしも今、特許の仕事をしておられる方でこのような観点を持たず、「科学技術は絶対的なもの」と信じておられる方がいたら、ちょっとそこは考え方を変えたほうがいいですよ。特に「文系出身の弁理士の方」が特許の仕事をするのは難しい、と言われてしまうのはこのあたりの感覚がずれているからではないか、ということを思ったりもします。
 
 特に化学系弁理士として問題だと思うのは、「実験結果」を大事にしていない明細書に出会うことが多い、ということです。
 上にも書いたように、化学は各種技術分野のなかでも「実験結果」が重要となる技術分野です。特許の明細書を書くときも、その核になるのは必ず「実験結果」です(とはいえ、出願の目的等も色々ありますから、実際には「実験結果」から出てきたとは言えない出願も多くあるのですが)。
 
 しかし、公開された明細書を読んでいるとあまりにも実験結果を軽視した特許も多いように思います。実験データの内容と明細書の内容の食い違い、データ解釈のいい加減さが目立つ明細書は結構多いです。
 特許を取得するにはメカニスムの正確な理解は必要ではありません。しかしだからといって、実験結果をどのように解釈するのか、について雑になっていいわけではありません。
 そして、明細書を書く際に弁理士が気を配らなければならない一番のポイントはここのところではないのかなぁ、とも思います。

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2011年6月11日 土曜日

生兵法は怪我の元

 ことわざシリーズ(?)です。
 「なまはんかな武術の心得に頼って事を起こすと、身を守るどころか、かえって大怪我をするということ。中途半端な知識や技術を振り回すと大失敗をするという戒め。」(創拓社『文芸作品例解 故事ことわざ活用辞典』)という意味です。
 特許の仕事に関しても、この状態に陥ることは非常に多いです。特に特許の仕事の経験が長くない弁理士の方などは注意して頂きたいです。
 
 今思えば、私もそんな時期がありました。特許の仕事に移って、2~3年位の頃です。思い出せば、その頃が一番危険だったように思います。
何が危険かというと、自分が特許の仕事について
「どこまで分かっていて、どこから分かっていないのか」
の境目が分かっていないんですよね。一応、ある程度のところまでは分かっているから、ある程度自分でできるという自負は生まれ始めた頃です。でも、隅々までは分かっていない。どこに落とし穴があるかも気付いていないんです。実際、そのせいで失敗してしまったことが何回かあったように思います。
 
 実際に「生兵法」で「怪我」を何回かすることで、「これはダメだ」と思い、分からないことはどんな小さなことでも本で調べる、誰かに聞く、という習慣を持つようになりました。
 
 特許の仕事ではあちこちに「落とし穴」があります。「落とし穴」というと語弊があるかもしれませんが。でも、「手続き上、失敗しやすいところ」というのは大体決まっているわけです。それは、案外難しかったり複雑だったりする場所ではなく、一見すると単純でつまらなさそうなところであったりします。
 ですから、中途半端に分かっている人ほど、失敗しやすいわけです。
 
 実際のところ、知財について隅々まですべてを完璧に理解・記憶することは困難です。日本だけでも滅多に出会わないようなレアケースというのはあるもので、ましてや外国の手続きも含めると、知らないことだらけです。
 私もこの一月ほどの間に、「初めて経験するケース」の手続きを2つ、相次いで経験しました。十五年ほども特許の仕事をしていても、そういうことはあるんだな、と妙に感心してしまいました。
 
 そして、そのうち一つについては、初めてだからと思って条文を読んで確認すると、それまで自分が知らなかったような手続きを行う必要があることが分かり、「へえ、こんな手続きがあったんだ」と初めて知ったことがありました。
 
 とりあえず、「初めて経験することがあったら、条文を読み直してもう一度確認すること」が基本ではないかと思います。
「自分は特許について、何でも知っている」
などと思い上がったことは考えず、細かな手続きでも(あるいは細かな手続きであるほど)初めてやることについてはきちんと条文を調べて確認することが重要だと思います。
 
 とはいえ、「一回くらいは怪我をしないと、生兵法からは抜け出せない」ということも言えるかもしれませんが。その怪我はできるだけ軽いもので済むように、注意して下さい。

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2011年6月 7日 火曜日

「日本の曖昧力」

 「日本の曖昧力」(呉善花著 PHP新書 2009年初版発行)を読みました。
 
 著者は韓国出身で現在は日本に帰化されており、拓殖大学教授をされている方です。また、多くの本を執筆されており、その多くが文庫化もされているので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。
 
 私は呉氏の本はこれまでに何冊か読んでいます。
氏の最初の本である「スカートの風」(三交社 1990年)を出版直後くらいに読んだとき、非常に面白いと思って何度も読み返したことを今でもよく覚えています。その後も多くの著書を書かれていますが、その多くが日本文化論に関するものであるように思います。
 
 欧米人が語る「日本文化論」というのは、欧米人からみて日本の奇異に見えるところを指摘するだけで終わり、「外部から日本の文化的本質に迫る」といったものにまで至らないことが多いように思います(全てがそうだとは言いませんが)。
 
 でも、呉氏は韓国出身ですから、欧米人とは全く違った観点から日本文化というものを解きほぐしています。日本と韓国では文化的に似た部分も多いですから、それだけに「ちょっとした違い」が気になる、という面もあるのでしょうね。でも、そのように比較的日本に近い文化的バックボーンを持つ人が、政治的イデオロギーを排除した冷静な観点で日本文化を論じた本は他にあまりないように思います。
 まあ、著者が日本文化のことをあまりにも褒めるので面映いところもあるのですが、それでも「なるほど」と納得させられる部分は非常に多いです。
 
 で、この本について一番「なるほど」と思ったのは、第九回の「日本語はなぜ「受け身」を多用するのか」という部分です。
 「泥棒に入られた」という表現は、日本語以外ではあまり一般的な表現ではない、というところから議論が始まります。ほとんどの言語では「泥棒が入った」と言って、受け身にはしない、ということです。確かに冷静に考えると、別に受け身にして表す必要のない言葉です。
 
 そして、更に、助動詞「~れる/~られる」の四つの意味(受け身、尊敬、自発、可能)について、
「すべて「自発」の意味から派生して生まれていったとされます。「自発」とは無意識にしてしまうこと、いい換えれば、自分を超えた存在や力によって自然に起こることを表す意味の時に使います。(中略)では、その超越的な力を及ぼすものとは何なのでしょうか。神さまといってもいいですが、日本の神さまというのは自然の神々、実質的には自然ですね」
とあります。
 
 このあたり、日本人である私たちは無意識に使っている言葉なので、言われなければなかなか改めて考えないことです。そしてそういった表現にまで「日本的宗教観」が含まれているという指摘には納得してしまいました。
 
 こうやって日本語の隅々にまで「日本的発想」が含まれた日本語を、「欧米的発想」に基づいて構成された現在の法律に適用させることについては、色々と困難があって当然、とも思いました。私たち、法律の世界で生きている人間はこういったところも考えながら仕事をしなければならないのかもしれません。

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2011年6月 2日 木曜日

気になったニュースなど

以前から小出しに新聞発表されていた、特許法改正が国会を通過したようですね。
この法改正については、また詳細が分かれば本ブログでも取り上げようと思います。
 
しかし、新聞記事などでは、比較的大きく取り上げられてはいますが、なんといっても特許は出願人がきちんとやるべきことをやらなければならないのが原則です。いくら法改正が行われたといっても、その部分は変わっていません。
これまでと同じように、気を抜かずに特許と向きあうことが必要だと思います。
 
ということですが、何しろまだ詳細が分かっていないので、このネタはもっと詳細が明らかになってから、ということにして。
 
最近、電子・電機系の会社の訴訟が増えていますね。特に話題になっているのは米国でのアップルvsサムソンでしょうか。
サムソンのビジネスのやり方は、特許訴訟を受けやすいビジネスモデルですから、サムソンが多くの特許訴訟で被告になってしまうのは、ある程度やむを得ないことですが、今回の事件はこれまでの多くの事件以上に派手な印象です。
 
私は電子・電機業界についてあまり詳しくないので、これ以上何も論じることはできないのですが。
もう一つ、訴訟が多いなと思う会社は日亜化学工業です。
 
日亜化学工業のホームページのプレスリリースを見ると、非常に多くの特許訴訟に関する記事が並んでいて、ほんとうに特許訴訟を多く行っていることが分かります。最近では5月に白色LEDに関しても訴えを起こしているようです。
 
日亜化学工業のプレスリリースのページはこちらです。
 
こちらの場合は、青色LEDの開発によって有名企業になってから今に至るまで、ずっと多くの訴訟事件に関与しているという印象のある会社です。
やはり画期的な技術を開発した会社であれば多くの特許訴訟に関与しなければならないのは当然のことでしょう。
 
日亜化学といえば、誰もが中村修二氏との訴訟事件のことを思い出すわけですが、実際のところ、あの事件だけではなく、もっと多くの訴訟事件を行っている会社でもあります。
 
しかし、この一点のみを見ても、やはり訴訟は嫌だという会社の気持ちはよく分かります。
日亜化学はこれほど色々な特許訴訟を行い、それによって一定の成果を挙げており、しかも白色LEDという将来性のある技術においても特許を押さえているわけです。
そのような会社なのに、いつまでも「日亜化学といえば、中村修二氏との裁判」というイメージを持たれてしまうのは、きっと気持ちのいいものではないのでしょうね。

投稿者 八木国際特許事務所 | 記事URL

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