特許コラム
2011年6月30日 木曜日
特許の先使用権(1)
今日は、久しぶりにお堅い特許制度の話など一つ。
昨日、とある知人の方からメールが来て、先使用権について質問されました。それで、特許庁のガイドラインを読んだりして、「ふむふむ」等と思っていました。
しかし、「先使用権」という制度は、なかなか難しい制度だなと改めて感じました。
特許について詳しくない方でも「先使用権」という制度があって、他社が特許を出願するより前から実施していれば、他社の特許が成立しても侵害にならない、ということまではご存知の場合が多いです。
でも、先使用権というのは色々と厄介なところがありますから、「最終手段」のように思っておいたほうがいいんじゃないか、という気はします。つまり、最初から「先使用権があるから大丈夫」という気持ちで色々なことをするのは危険じゃないか、と。
なので、今日は少し先使用権のお話を。
実際に先使用権を使おうと思うと、問題になるのは2点あると思います。
1点目は「どうやって証明するのか」ということであり、2点目は「どこまで先使用権が認められるのか」ということです。
1点目の「どうやって証明するのか」という点は、先使用権に限らず、法律に関わる局面でよく問題になる事項です。そして、研究をされている方があまり気付いていないことの多い問題です。
常識的に考えてみて下さい。例えば、今日(2011年6月30日)、先使用権を認めてもらうための資料が必要になった、ということは、10年前(2001年6月30日)に自分たちの会社がどんなことをしていたのか、証明するということです。それはそんなに簡単なことではないです。
十年経てば色々なことが起こります。その間に企業の組織も変わっているかもしれません。当時の担当者が転職してもう社内にいないかもしれません。あるいは、取引先企業が潰れていて、証明の手立てが見つからないかもしれません。書類の管理が悪ければ、必要な書類を見つけるまでに時間がかかることでしょう。
また、当時の書類は見つかったけれど、その書類に日付が書かれていないので、2001年時点の書類かどうか証明できないかもしれません。
そういった色々なことは、「先使用権を証明しなければならない」という状態になったときに初めて明らかになることです。
「この件については、将来、先使用権を主張しなければならない可能性があるから、あらかじめ書類をまとめておこう」ということにはなかなかなりません。
そうは言っても、いざとなって書類を探して調べれば見つかるもので、本当に特許権者の出願前からやっていれば、10年前の証明であろうと先使用権の証明は案外できるものではあります。
しかし、それでも「10年前の証明」ということの大変さを思えば、「他に強力な手段」があるにも関わらず、最初から「これは問題があったら先使用権の主張で」という作戦になるのは決して良いことではないように思います。
出願の打合せをさせて戴いている際に、
「この件は出願しない」
と決まる所まではいいのですが、他社が関連する特許を取って問題が起こったらどうするのか? という話になったときに、
「いや、先使用権を主張すればいいだろう」
という結論にするのは、必ずしも好ましいものではありません。
このあたりのやり方は充分慎重にされるよう、お勧めします。先使用権を作戦に組み込むにしても、公証を取るなどの一工夫はしたほうがいいと思います。
と書いているうちに、結構長くなってしまったので、2点目の「どこまで先使用権が認められるのか」という点については、また日を改めて。
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2011年6月28日 火曜日
「日本人の交渉力」
2011年、7月号の中央公論の特集が「日本人の交渉力」となっていました。
で、「交渉」というものについて色々と悩んでいる私としては買って読もう、ということになったわけですが。
最初読んだときは、全然本題と関係のないところで「ううむ」と腕組みをしてしまったのでした。
雑誌なので、その特集のテーマに沿って多くの方が執筆されており、色々な文章があるわけです。
そして、テーマが「交渉力」となっているわけです。で、交渉力というのは話し合いだけではなくて、文章のやり取り等の場面もありますよね。ということは、「交渉力が高い人」というのは、文章においても論理性が高く、読む人を納得させる文章を書ける人だ、と思ってしまうわけです。
そういう前提で読まれる文章を書くのって、これは大変だと思います。
「書いている人自身に交渉力がなかったら、交渉力について何を書いても説得力ない」
という状況に陥ってしまうと、非常に困るわけです。
しかも、「中央公論」に文章を書かれる方というのは、その世界では既に地位を築いた方である場合が多いでしょう。そういう人が多く文章を書いていると、読者はどうしても比較をしてしまいます。
その比較のなかで、やはり、「こっちの人の文章のほうがより説得力がある」等と、無責任な読者は簡単に判断してしまうわけです。
大して交渉力が高くない人の集りのなかで、交渉力高く見せることは簡単なことですが、交渉力が高い人の集りのなかで、交渉力が高いように見せるのは難しいことだなぁ、と。
さらには、硬い文章が続くなかで、ふっと井上章一氏の「美貌は国益になるか」というような文章がくると、結局、それが一番印象に残ってしまう、という。井上氏といえば、「美人論」で有名になられた方ですから、遣唐使で派遣する人材においてはルックスを重視していたらしい、という観点を主体とするこの文章もいかにも井上氏らしい文章です。
でも、この文章も「日本人の交渉力」というテーマから考えると、ちょっと本筋からずれているような気もしないでもないし……。
そんなことを思いつつ読んでいたわけですが。
読んで最終的に思ったのは、結局、「交渉力」というのは、「お勉強」で身に着くような「単純な技能」ではなくて、色々な経験を経て形成されたその人の「人格そのもの」のようなものなのでしょうね。
そういった意味では、ある意味ではこのような「難しいお題」に対してそれぞれの執筆者が自らの経験に基づいた色々な「交渉」について書かれた内容は興味深いものでした。
「日本人は交渉力に弱い」と他人事のように語る人は多いですが、それでは意味がないわけです。そういう意味では、色々な方が「自分が経験した交渉」やそれを通じて感じた「交渉とは」ということについて語られている文章は非常に面白いと思いました。
当然のことながら、それを読んで簡単に「交渉力」が身につくようなものではありません。でも、それだからこそ、「交渉力」というものについては考えてみてもいいのではないか、と思いました。
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2011年6月23日 木曜日
国立文楽劇場
昨日は、仕事が終わった後、国立文楽劇場で文楽を見てきました。「社会人のための文楽入門」で、演目は「仮名手本忠臣蔵」のなかの早野勘平のくだり、2時間少しくらいです。
人生初の文楽でした。舞台物を見るのは元々好きですし、最近は自分のなかで「和物」への興味が高まっている時期だったので、それなりに期待をして見に行ったのですが、期待以上に面白かったです。
これに行くことになったきっかけは、友達に誘われたからで、あまり深く考えてのことではなかったのですが、行ってよかったと思いました。
文楽に限らず、「古典芸能」「芸術」という冠をつけられがちなものというのは、どうしても敷居が高いと思ってしまいがちですし、「高尚」で「退屈」と思って、なかなか足が向かないものです。
しかし、実際に見てみると、これがなかなか。思ったような壁の高いものではなくて、親しみやすかった、というのが正直な感想です。
文楽初体験の私が文楽について何を語るのか、という感もありますが、話も分かりやすいし、感情移入もしやすくて、人形の動きの細やかさも良かったです。退屈している間もなく、あっという間に終わった、という感じでした。
とりあえず、また気が向いたら行ってみよう、と思うくらいに面白かったです。
どんなことでも「やってみる」ことをせずに、何となく雰囲気だけで「こんなもんだろう」と思ってはいけない、ということですね。それに、こういった「娯楽」方面のことも、これまで行ったことのないものに行ってみると思っていなかったような楽しさがあったりしますね。
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2011年6月22日 水曜日
法律の世界
昨日は、仕事が終わった後で、法律事務所が主催されている企業法務の講習会とその後の交流会に参加しました。
小生、弁理士歴もそれなりに長くなり、少しは法律の世界にも馴染んだと思っていたのですが、やはり「特許の世界」には馴染んでいても「法律の世界」には馴染み切れていないなと思いました。
私が知っている「法律の世界」というのは、知財とその周りの狭い領域の話だけであり、広い意味での「企業法務」のこととなると、知らないことだらけだと実感しました。
私も、弁理士試験に合格して間もないころに、「法律の仕事をやるんだから民法や民事訴訟法の基礎的なことくらいは知っておかなければ」と思い、色々と本を読んだりもしました。
けれども、仕事が忙しいなかで少しずつ本を読んだところで、法律を体系的に理解することは難しいですし、全体像をつかむに至らなかったのが正直なところです。かといって、腰を落ち着けてじっくりと勉強するような時間はとてもありません。
そういったなかで、弁護士の先生がトピックス的にされる話を聞くと、非常にためになり、面白く感じました。やはり、こういう話は聞いておかなければ、ということを思いました。
実際問題として、「企業法務」について弁理士が深く知識を持つ必要があるか、ということについては「そこまで詳しくなくてもいい」とも思います。
しかし、薄く広い知識でもいいので、「企業法務」について色々と知っておくことで、契約書の作成等の場面では考え方が変わる部分はあるのかもしれない、と思いました。
これは弁理士に限らず、「専門職」と言われる職業の人は皆考えるべきことかもしれないですね。要は、コアとなる部分については狭く深い知識を持っており、かつ、その周辺については広く浅い知識を持っている、ということが理想的な形なのかもしれない、と感じました。
そういう意味ではまだまだ勉強しなければならないことはたくさんあるな、ということを実感させられた研修会でした。
その後の交流会は色々な「士業」の方が多くおられて、それもまた楽しかったです。「士業」とひとくくりにしていますが、似たところもあれば違うところもありで。弁理士というのは仕事柄(と片付けていいのか分かりませんが)弁理士以外の士業の人と交流することは少ないので、こういう機会は少ないもので。
という感じで、こうやって世界を広げていく作業というのは続けて行かなければならないなと、改めて思いました。
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2011年6月20日 月曜日
パテントハイウェイのこと
7月15日から、新たな特許審査ハイウェイ試行プログラムが開始するとの発表が特許庁ウェブサイト上でされていますね。
これまでもパテントハイウェイの制度はあったのですが、更に対象を増やすということのようです。
弊所でもパテントハイウェイについては何件か経験があります。で、やってみて思うのは
「面倒な面もあるし、思ったほど早く進まないこともあるけれど悪い制度ではない」
という感じです。
「パテントハイウェイってなに?」
という方のために簡単に説明しますと。
「とある国で特許を取得したら、その他の国で早期に審査を進めることができる制度」
ということになります。
包括的な条約があってやっているわけではなくて、ほとんどは二国間協議で行われているので、その全体像を完全に記憶するのは難しいです。しかし、特許庁ウェブサイトを参照すれば、それほど難しい内容ではありませんし、しょっちゅう変わるので覚える必要もないと思います。
パテントハイウェイを請求する条件としては、
①第1国出願が登録
②PCTの国際調査報告
という2つのパターンがあったのですが、今回の7月15日からの試行プログラムは、これらこれに加えて
③「PPH MOTTAINAI」試行プログラム参加国(日本、米国、英国、カナダ、オーストラリア、フィンランド、ロシア、スペイン)のいずれかで登録
という条件下で手続き可能になるようです。
これは、第1国の審査が遅く、その他の国で先に特許になった場合に有効となります。
パテントハイウェイでの審査を行うと、「どこかの国での審査の結果、特許性がある」と判断された材料を使うので、比較的特許になりやすいように思います。
但し、特許の審査は国ごとに別々となりますから、「日本で通って、パテントハイウェイを使えば、他の国も必ず通る」と断言することはできません。実際、他の国では日本より狭い範囲に限定することが必要となったケースもありました。
特に、PCT出願の国際調査報告で、厳しい先行文献が挙げられなかった場合に利用することが多いように思います。
すなわち、PCT国際調査報告の結果を添付して日本特許の移行を行い、早期審査すると、比較的早く日本特許を登録させることができます。それから各国での審査を行うと、短期間でスムーズに手続きを行うことができます。
登録される可能性が高いものについては、できるだけ早く登録してしまうことが好ましいのは、どこの国の特許であろうと変わりありません。
もちろん、費用の問題もありますから、「特許が必要かどうか分からない」国については「できるだけ決定を後にしたい」という気持ちが生まれることもあるでしょう。
しかし、「権利化が必要なのは間違いない」という国での特許について、「権利化される可能性が高い」のに、審査を遅らせてもあまりメリットはありません。
色々と社内事情もあるでしょうが、こういった制度もうまく利用していくのがいいのではないでしょうか。
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