特許コラム
2011年3月31日 木曜日
特許の費用と効果
なんだかんだ言って不況の世の中です。もう、日本中長い間、「不況」という言葉を言いすぎて、それが定常状態になっていますね。
そんな状況ですから、「経費節減」は合言葉のようにどこの会社でも叫ばれています。
経費削減において重要なことは、費用対効果ではないかと思います。1千万円使っても、それが一億円の利益に直結するなら使えばいいですし、10万円でも一銭の利益にもつながらないなら、削減すべきです。
理想論だということを百も承知で、このように書きました。現実には1千万円使ったことが利益につながるかどうかなんて、使った時点では分からないからこそ、1千万円使って、何の利益も得られないことが発生するわけです。
現実には、そんなもやもやしたものについての費用を云々するより、「特許事務所の1件当たりの費用を値引きさせることで、××円の経費低減が実現した」とか、「出願件数を減らして経費を低減した」「特許部の人員を削減した」いうことのほうが、数字として見えやすいし、上層部への受けもいいことでしょう。
しかし、それでいいのでしょうか?
それを推し進めれば、究極的には
「特許部は何も活動しないほうが費用削減につながって、企業にとってプラス」
ということになるのではないでしょうか。
関係ないですが、私は会社で研究をしていた頃、
「研究所が実験をすると経費がかかるから、余計な実験をせずにじっとしていてくれたほうがいい」
ということを言う営業の人がいて、大変びっくりしたことを覚えています。しかし、経費節減というのは究極的にはそういうことなのかもしれません。
「経費の節約」自体を目的にしてしまうと、結局そうなる、ということですね。目的や戦略という観点でみるのなら、ほんとうは
「手持ちの金が××円ある。この金を使って○○という目的を達成したいから、そのために何をやればいいのか」
という観点からスタートしたほうが良いのでしょうが、これも理想なのでしょうね。現実の会社でそのようなやり方が行われているとは、到底思えません。
とは言うものの、とりあえず、知財のお金を考えるときに、
「この金を特許に使うことによって、使った額に見合った利益が得られる可能性はあるのか」
ということを一度考える習慣くらいはつけられてもいいのではないでしょうか。
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2011年3月29日 火曜日
「超常現象の心理学」
今日、取り上げる本は、古本屋で買った本なので、10年以上前の古い本です。従って、今、新しい本では手に入らないようですが、アマゾン等では中古も手に入るようなので、取り上げさせて戴きます。
「超常現象の心理学 人はなぜオカルトにひかれるのか」(菊池聡著、平凡社新書 1999年)です。著者は信州大学准教授の先生です。
この本は「反オカルト」の本であり、また「オカルト」というものを「非科学的」で論理が飛躍した思想全般、としています。ですから、船井幸雄氏の本や「脳内革命」、血液型占い等のすべてについても、「オカルト」として批判を加えています。
なんだか、「オカルト否定」という部分については、読み終わった今も「そこまで目くじらたてなくても」という気がする面があります。
批判されていることの意味は分かるし、正しいことを仰っていると思うのですが、残念ながら「オカルト」的なもののほうが、科学的根拠に基づいて構築された論理よりも「面白い」のもまた事実です。そうである以上、世の中から「オカルト」を排除することはできないだろうな、と思います。
事実、私も「オカルト」が一切なくなった世の中って無味乾燥で面白くないだろうな、という気がしますし。間違っていても「楽しいこと」にはそれなりの功徳があるという気もしますし。
そういう意味で、私は「気持ちは分かるけど……」と思いながらこの本を読みました。
そういう部分よりも、ここで書かれた「心理学における科学的アプローチ」というところを非常に面白く読みました。
そもそも、心理学というのは「学術」と「思想」の中間にある非常に微妙な位置づけの学問ですから、「理系のような文系学問」というか。
私は心理学に詳しくないので、なんだか、新鮮に見えました。また、この著者の語り口は非常に分かりやすいし、茶目っ気があるというかんじで、楽しく読めました。
そして、確かに文系的な事象を扱う際に、色々な人が陥りがちな「論理の飛躍」というものについて、非常に分かりやすく説明してくれていると思いました。
また、ディベートについての解説も非常に面白かったです。教育におけるディベートの取り入れ方等は、なるほど、と納得したりもしました。
というわけで、「オカルト」云々に興味のない方でも、心理学者の考え方の基礎的な部分を知りたい、という方には非常に分かりやすく楽しい入門書であるように思いました。
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2011年3月28日 月曜日
エラリー・クイーンのこと
私は、かつて、かなりマニアックな推理小説ファンであったことは、本ブログでも少し触れたことがあります。今は全くといっていいほど、小説を読まないので「引退」状態ですが。
で、推理小説マニアにファンが多い作家といえば、エラリー・クイーンという作家がいます(今もそうなのでしょうか? とりあえず、私が大学生だった当時、コアな推理小説マニアはクイーン好きと決まっていたような気がします)。
ところが、私はどうしてもエラリー・クイーンを面白いとは思えず、好きになれませんでした。最近、全然関係ない部分で、「私がクイーンを好きになれない理由」に気付かされた気がしたので、今日はその話を。
なお、以下の文章ではエラリー・クイーンの「チャイナ・オレンジの秘密」(ハヤカワ文庫)のネタバレがありますので、未読でネタを知りたくないという方は読まれないようにお願いします。
まず、なぜ「凡作」と言われる「チャイナ・オレンジの秘密」を俎上に上げるかというと、私は好きでないゆえに、エラリー・クイーンの小説を数冊しか読んでいません。そして内容をある程度覚えているのはこの作品だけなので、この作品を取り上げるわけです。
この小説について読んだ後で思ったのは、
「一応理屈は通っているけれど、全く納得できない。納得行かないのに、理屈だけが通っているのが気持ち悪い」
という思いでした。その思いがあまりにも衝撃的だったので、高校生のときに読んだ本なのに、未だに内容を覚えているという。
あの作品では(記憶はあやふやですが)、確か、犯人は「殺人をする」と決めてから実際に殺人をするまでの間、かなり短時間のうちに、複雑な密室トリックを考えて実行し、更には部屋のあらゆるものをあべこべにする、ということを思いついてそれを実行に移した、という内容だったような記憶があります。
そんな複雑なこと、短時間で思いつくわけがないし、更には、そんな面倒くさいことをしなくても別の手があるだろう、と思うわけです。
何が言いたいのかというと、発想が「頭でっかち」なのです。
理論は合っている。でも、世間の常識に沿って考え合わせれば、「そんなことは絶対に起こり得ない」という状況に陥ってしまっていると私は思ったのです。
それは「論理的である人」が陥りやすい罠であるような気がするんですよね。
要は「理論があっていれば、間違っているはずがない」という思い込みといいましょうか。
ある論理から導かれた結論が現実と一致しないのなら、その理論か、あるいはその理論を導く上での前提の設定に間違いがあるはず、と私は思います。で、エラリー・クイーンの「チャイナ・オレンジの秘密」は、完全にその状態に陥っている小説、という気がしたのでした。だからこそ、クイーンの作品のなかでも「凡作」と言われるのでしょうが。
きっとクイーンのできのよい作品は、「頭でっかち」が目立たないのでしょう。だから、多くのファンを獲得できたのでしょう。
でも、私は最初にこの作品で「頭でっかち」と思ってしまったので、その時点でもうダメでした。実際、その後「名作」といわれる「オランダ靴の秘密」を読んだときも、「チャイナ・オレンジ」を読んだ時のその思いが頭に残っていたせいか、ちっとも面白いと思えませんでした。
「人間の営み」という複雑なものを扱うとき、「論理的であること」は無力であるどころか、捉われすぎると有害になることもあると私は思います。「論理的」であることを絶対的に信望するのは危険なことだと私は思います。エラリー・クイーンの小説の「論理性」というのは、大変美しいものだとは思うのですが、美しいゆえに危険、とも思います。
最近、「資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言」(中谷巌著 集英社文庫 2011年1月)を読んでいて、この中で出てきたとある一節を読んでいて、ふいにこのことを思い出したので、ネタにしたというわけです。
なお、こちらの本も読み終われば、ネタにしたいと考えています。
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2011年3月24日 木曜日
事務所3周年
事務所を開設して3周年となりました。
ばたばたしているうちに、気がつけば3周年を少し過ぎてしまっていたのですが。
まずは、この3年の間、お世話になったすべての方にお礼申し上げます。それとともに、これからも宜しくお願い申し上げます。
3年間は長かったという気持ちと、早かったという気持ちと両方があります。特許事務所に勤務していた時代を思い出すと、ずいぶんと遠い昔のことのように思うのですが、その反面3年が経ったという実感も薄い、といったところでしょうか。
3年間で色々なことがありましたが、今の気持ちとしては
「3年間でようやく基礎工事が終わった」
という気持ちです。
最初のうちは分からないことだらけで、事務手続きの一つ一つにとてつもない時間がかかっていました。試行錯誤しながら初めて請求書を作ったときや外国レターのフォームを作ったときの気持ちなどは、今思い出すととても懐かしく感じます。
そんな「土台作り」の時期は終わって、今は、色々な仕事がルーチン化して回せるようになった、と感じています。
そんな感傷にゆったりと浸っている間もなく、事務所は4年目に突入するわけですが。
これから考えるべきは、これまでとは少し変わってくるのかな、と感じてもいます。
これまではとにかく、「形」を作っていく、ということで精いっぱいでした。しかし、ようやく「形」ができてきた今、次のことを考えなければ、とも思っています。
それが何なのか、ということは、今日ここでは書きませんが、とりあえず、これからもずっと「成長していく事務所」でありたいですし、「成長していく自分自身」でありたいな、と思っています。
というわけで、4年目、また新たな気持ちで頑張って行きたいと思いますので、宜しくお願いします。
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2011年3月22日 火曜日
「世界経済を破綻させる23の嘘」
「世界経済を破綻させる23の嘘」(原題 “23 Things they don’t tell you about capitalism” ハジュン・チャン著 田村源二訳 2010年徳間書店)を読みました。
邦題は「書店で目に付きやすいタイトル」を意識しすぎて嫌な感じですが、原題は、直訳すると「彼らがあなたに言わない資本主義についての23のこと」ということですので、こちらのほうがずいぶんとセンスがいいし、内容にも合っている、と思います。
私は、本のタイトルに「破綻」という言葉を安易に使うセンスが好きになれないです。
著者はケンブリッジ大学の准教授で、韓国出身の方です。
とりあえず、この本を読んで私の「経済」に対する考え方はずいぶんと変わりましたし、非常に勉強になった、と思っています。「経済の専門家」を対象にした本ではないので、経済が苦手、と思っている方こそ読まれるといいのではないでしょうか。
この本は、「自由市場主義」に対する批判を旨とするものです。
要するに、規制緩和、小さな政府、グローバリズム、といったここ10年くらいになって突然語られ始めた色々な考え方が「自由市場主義」といえるのでしょう。すべてを市場に任せて、国家は経済運営に口を出さないほうがよい、という考えとでもいいましょうか。
この手の「自由市場主義」批判の本は最近非常に増えてきているようですね。そして、その手の本のなかで、初めて読んだ本ということになります。
この本を読もうと思ったのは、書店でパラパラと立ち読みしてみて、
「個人的な感情や、単なる印象を材料とした論理」
を排して、客観的な判断材料に基づく論理的な構成で議論が行われているように思ったからです。
実際、この本を読み終わっても、この著者がどういった経歴の持ち主でどういう流れでオックスフォード大学で働くようになったのかは、全く分かりません。
ということは、著者は「主観的な自分自身の経験」から議論を行っていない、ということであり、それは学者としてある意味で正しい姿勢であるように思います。
本の内容について私が詳細に論評できるか、というとそれは無理です。何しろ、私は経済学に関しては素人ですから。しかし、「経済学」というものが「思想」であって、色々な考え方がある、ということにこの本を読むなかで気付かされました。その点が自分にとっての大きな「開眼」でした。
この本に限らず、他にも多く「自由市場主義批判」の本が出ていること、最近のアメリカのオバマ大統領のやり方(保険改革、GMの国家救済など)を見ていても、「自由市場主義」は既に時代遅れになっている、ということかもしれません。
とりあえず、私が経済を見ているのも「特許業界」という極めて特殊な業界を通して、ですが、それでも「自由市場主義」によるひずみは既に現れている、と思います。
これをどのように改めていくのでしょうか。これから数年の間は色々なことが急激に変わっていくのかもしれません。
この本は極めて冷静に、かつ論理的に「自由市場主義」に批判を加えており、書かれていることは非常に説得力のある意見だと思いました。
もちろん、この本の主張が「絶対的に正しい」と言えるわけではないですが、今後「自由市場主義」に代わる新たなシステムの構築を考えるときの、一つの手掛かりになるのではないでしょうか。
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