特許コラム

2011年1月28日 金曜日

「マネジメント信仰が会社を滅ぼす」

 久しぶりに最近読んだ本の感想を。
 
 「マネジメント信仰が会社を滅ぼす」(深田和範著 新潮新書)を読みました。
 去年の年末に発売されてもう増版されているということは、結構売れているということなのでしょう。
 
 「マネジメントが下手だからビジネスがダメになったのではない。マネジメントなんかにうつつを抜かしているからビジネスがダメになったのだ。むしろ余計なマネジメントなんかするな。」(第3頁)
という言葉でまえがきが始まります。
 それは過激にも見えますが、私がこの言葉に惹かれてこの本を買ったのは本当です。
 
 この本全体に書かれたすべてのことに賛同するわけではないのですが、でも、「マネジメントよりも経験と勘と度胸が重要」という考えについては、そうなのかなと思います。
 
 なぜそう思うかというと、私が今まで出会った「仕事ができる人」というのは、「マネジメント能力に優れた人」ではなくて、「経験と勘と度胸のある人」だったからです。というか、「マネジメント能力に優れた人」というのを見たことがあまりないのですが。
 
 で、なぜこの本を取り上げたのかというと、やはり以前に書いていた「重金属処理剤組成物事件」のことがまだ心に残っているからです。
 
 あの事件の判決を読んで色々と考えたことは、自分のなかではまだすっきりとまとまってはいません。
 あの事件について本ブログで色々と書かせて戴きましたが、
「では被告はどうすべきだったのか」
ということを考えたとき、私の心には解決案が生まれていません。
 
 理屈から言えば、
「もっと知財のマネジメントをきちんとして、問題を未然に防ぐべきだった」
という結論にすべきなのでしょう。事実、私もそのテーマで書き始めた最初の時点ではそう結論づけようと思っていました。
 
 でも、考えれば考えるほど、
「そうではないんじゃないか」
と思うようになってきました。だから、最後のほうで、急に「だからって特許マネジメントを厳しくすると、ビジネスが萎縮するからよくない」ということを書いたわけです。
 
 そういうことを考えているときにこの本を読んだので、なおさら惹きつけられたのでしょう。
 確かに、特許問題は経営におけるリスクになり得ます。だから、そのリスクにできるだけ近づかない、という発想が
「知財のマネジメントに力を入れる」
ということなのでしょう。
 
 でも、それを過剰にするとビジネスの活力をそいでしまう、という気もします。
 敢えてリスクに近づく「度胸」と、でも本当にヤバイ場所だけは避ける「勘」、そして粘り強く対応することで自分の考えに沿った結論を導く「技量」と「経験」を経営者が持つことが必要なのかもしれません。
 要は、経営者や事業責任者が持つべき「経験と勘と度胸」のなかに、「知財」の観点も含めていく、ということが大事なのかもしれません。
 
 知財の仕事をしている方は、すぐに「リスク」ということに意識が向かいがちです。そして、どうしても「リスク」の少ないほうへと導くことになりがちです。
 しかし、リスクのないビジネスはないわけです。
 そのなかで、どうやって「知財のリスク」と付き合っていくのか。
 難しい問題です。

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2011年1月26日 水曜日

アメリカのrule


 前に特許事務所に勤務していたとき、一度だけ米国出張に行かせて戴いたことがあります。米国で現地の特許事務所への挨拶回りをして、更に特許庁面接を行ったわけですが。
 
 たった一週間の出張でしたが、非常に有意義であり、行かせて戴いたことに今でも感謝しています。
 それはなにかというと、現地で現地の人と話をすることで、日本にいたら絶対に分からない「アメリカ」というものを垣間見ることができた、ということです。
 
 そして、アメリカで現地の弁理士とランチに行ったときの会話が一番印象に残っています。
 店はオールドスタイルの少し高級なハンバーガー店でした。テーブルに運ばれてきた料理は、皿に載せられていてフォークとナイフがついていて、マクドナルドとはかなり様子が違います。
 が、よく見ると、半分に切った丸いパンの間にハンバーグが挟んであるので、確かにこれはハンバーガーです。
 しかし、上部のパンはひっくり返された状態で、下のパンとハンバーグとは別に脇に置かれています。
 
 そこで、私は悩んだのです。これはこのまま食べるべきなのか、あるいは上のパンをハンバーグの上に載せて、マクドナルドのように一体化させて食べるべきなのか、と。
 
 で、食事に連れて行ってくれた米国弁理士の先生に、これはどうやって食べるものなのか、と質問したときの答えは単純明快でした。
「好きにすればいい」
ということでした。
 
 そしてその後に言った言葉が忘れられません。
“There is only one rule in the United States. It is that there is no rule”.
 
 日本人からすると、「何だそれ?」という言葉なのですが、しかし、私はその言葉で「アメリカ」というものを少し理解できたような気になりました。
 
 さすが自由の国アメリカということになるわけですが、こういう国のことを、しがらみや規則でがんじがらめにされている日本人が理解できるはずもないですし、色々なところで違和感を覚えるのは当然とも言える気がしました。
 
 だからといって、根本的なところを見ると、結局は人間同士、考えていることの根本は同じようなもの、という別の側面もあるのであって。そういうところが面白くもあり、難しくもあるなと思います。

投稿者 八木国際特許事務所 | 記事URL

2011年1月12日 水曜日

優秀な弁理士

 昨日まで、重金属固定化処理剤事件について書いていましたが、諸事情で今日は他の話を。というか、今仕事がやや忙しいので、判決文をゆっくりと繰りながらブログを書く時間がないもので。落ち着いたら続きを書きます。
 
 で、優秀な弁理士とタイトルをつけたのですが。
 
 ブログのアクセス解析を見ていると、どのようなパスワードでこのブログにたどり着いたのかはある程度分かります。
 それを見ていると、「優秀な弁理士をどうやって見つけたらいいのか」とか「弁理士への不満がある」という方も多くおられるんだな、ということが分かります。そこで、今日はそこについて、皆があまり言わないことを書いてみようか、と思います。
 
 ほんとうに正直に私が思っていることを申し上げましょう。
 
 よく会社等の組織では、
「1~2割優秀な人がいて、1~2割全く仕事ができない人がいて、残りは普通」
ということが言われますよね。
 結局、弁理士の世界も同じことです。
 本当に優秀な弁理士なんて全体の1~2割ですし、更には1~2割程度は全く仕事ができない弁理士がいます。そして残りは「普通」です。
 
 何となく
「弁理士というのは資格試験を通った人の集まりだから、ほとんどの人はそれなりに優秀なんだろう」
と勘違いしておられる方もおられるかもしれませんが、それは完全な誤りです。
 
 だからこそ、企業の知財の方であったり、中小企業の経営者であったり、という方々は「どうやって優秀な弁理士を見つけて、その人に自社の仕事を担当させるか」
ということが重要な仕事である、と私は思っています。
 
 ここで重要なのは「優秀な弁理士」を見つけるということであって、「優秀な事務所」を見つけるではない、ということです。
 結局、弁理士の仕事は最後には個人の能力に帰する部分がほとんどです。特許事務所が組織を強化して全体のレベルを高めることに注力しても、「本当に優秀な弁理士は1~2割」という壁を破ることは不可能である、と思います。
 ですから、大事務所に頼むにしても、その事務所にいる優秀な弁理士に担当して貰うにはどうすればよいか考えるべきですし、優秀な弁理士を見つけるための努力を怠ってはいけない、と思います。
 
 多くの人は
「よく分からないから、とりあえず大事務所に頼んでおけば大丈夫だろう」
と思っているようですが、決してそんなことはないですよ。大事務所には必ず優秀な弁理士の方がおられますが、その優秀な方に担当して貰える確率は1~2割ということですから。
 ましてや、優秀な弁理士は忙しい、というのも会社組織と同じです。何もない状態でいきなり大事務所に仕事を依頼して、優秀な弁理士に担当して貰える可能性は低いと考えられるでしょう。
 
 「事務所弁理士の質が低い」と嘆く方がたくさんおられます。上に書いたような事情を考えると、そのような声も仕方がないかもしれません。優秀な弁理士に当たる確率なんてそんなに高いものではありません。
 でも、「事務所弁理士の質が低い」と感じたなら、それは「優秀な1~2割の弁理士に当たっていないということ」と考えて、それならば何とかして「優秀な1~2割の弁理士」を探すなり育成するなりしていくことが、重要なことではないかと思います。
 それができるかどうかが「有能な知財パーソン」であるか否かを分ける、という部分もあるように思います。
 
 と、この手のことを書くと私自身どうしても言い訳せずにいられないことが。
 こういうことを書くに際しては「自分のことは棚に上げる」という姿勢が重要になります。そうしないと何も書けなくなりますので。
 開き直って言いますが、ここの文章において「じゃあお前はどうなんだ」というツッコミはナシでお願いします。

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2011年1月 7日 金曜日

選択発明と利用関係


 前回、利用発明についてお話しました。今回はその続きです。
 
 ここで理解して戴きたいことは、
『特許を取ったから、その発明を自由に実施できるわけではない』
ということでした。
 
 そして、化学分野ではもう一つ厄介な問題として、「選択発明」というものがあります。
 それが何か、言葉で説明しても伝わらないと思うので、具体例でお話しましょうか。
 例として、脂肪族のポリアミド樹脂を考えてみましょう。
 
(例)
 「炭素数4~10の直鎖脂肪族ジカルボン酸(A)と炭素数4~10の直鎖脂肪族ジアミン(B)とを重縮合反応させることによって得られた樹脂」
という特許をAさんが持っていたとしましょう。
 そして、それより後に、Bさんが、
「炭素数6の直鎖脂肪族ジカルボン酸(A)と炭素数6の直鎖脂肪族ジアミン(B)とを重縮合反応させることによって得られた樹脂」
という発明をしたときに、これは特許になるでしょうか?
 
 要するに、最初の出願では「炭素数4~10」とあったものを「炭素数6」としているだけで、他は全て同じです。
 
 特許に慣れていない人は「それは特許にならないだろう」と判断しがちですが、そうではありません。Bさんの発明が特許になる可能性はあります。
 これが、選択発明です。
 要するに、先の出願よりもより狭い範囲で特許になる場合があるのです。どういう場合に特許になるかを話し始めると長くなりますので、ここでは省略します。
 
 そうなったら、権利関係はどうなるのか? ということですが。
 前の「利用関係について」の説明を思い出して下さい。特許を取ったからといって、その発明を実施できるわけではない、特許はその範囲で他の人を排除できる権利だ、と申し上げました。
 
 このことを考慮すれば、その「炭素数6」のところについては、AさんもBさんも両方実施できないことになります(この辺りは色々説があるところではありますが)。
 
 納得行かないですか? 変な気がしますか? しかし、今の特許法はこのような前提で運用されているので、納得行かないとしても、受け入れて戴くしかありません。
 
 ですから、出願時もこのことを頭において進めていただきたいのです。
 
 なんだか、厄介な問題をテーマに選んだな、という気がしてきました。このことは、重金属固定化処理剤事件(東ソーvsミヨシ油脂の事件ですが、今後はこのように書かせて戴きます)に関連する事項になります。
今後、この事件について色々書きたいので、それを読んで戴く際、昨日と今日のブログの内容を思い返して戴ければ、より分かりやすくなるのではないか、と思います。

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2011年1月 6日 木曜日

特許法における「利用」


 今日は珍しく、特許法のお勉強の話です。
 というのも。
 
 私が特許の仕事に移ったばかりの頃、私の教育係であった先輩が、
「この発明の「利用」のところは、営業の人や研究の人に何回説明してもわかってもらえない。誤解している人が非常に多い」
とおっしゃっていました。
 
 そして、私も実際に仕事をしていくうちに、「確かにそのとおりだ」と思う局面が非常に多くありました。結局、十五年前と今とではここのところの認知度はあまり変わっていないと思います。
 だからといって、なぜ急にここのところをブログで書こうと思ったか、というと、年末年始に東ソーvsミヨシ油脂の判決文を読んでいるとここのところが関係している、と思ったからです。
 
 そこの詳しい話は、今後のブログに譲るとして。まずは、利用の話です。
 
 まず、根本的にある誤解として、
「特許を取れば、自分はその発明を自由に実施できる」
という誤解があります。本当にここを誤解している人が非常に多いです。
 
 いいですか。ここは声を大にしていいますが、これは間違いです。特許を取ったということは、その発明を実施できるということではありません。
 特許を取ったということは、その発明を「他の人が実施できない」という意味です。特許を取った人が実施していいかどうかは別の問題です。
 
 納得行かない人も多いでしょう。
 でも、例を挙げて説明すると案外簡単なことなのです。
 
 例えば、世の中に「腕時計」というものが全く存在していなかったときに、Aさんが「腕時計」を発明して特許を取ったとします。そして、そのAさんの腕時計をみたBさんが日付表示機能のついた腕時計を発明したとしましょう。
 その日付表示機能のついた腕時計は、それまで世の中になかったものなら、Bさんは特許を取ることができます。
 でも、Bさんが「日付表示機能つきの腕時計」を製造したら、腕時計を作ったのだからAさんの特許を侵害したことになるでしょう? このような場合には、自分で特許をとった発明でも実施することはできなくなります。これを法律用語で「利用」といいます。
 
 じゃあBさんは特許を取った意味がないじゃないか、とおっしゃるかもしれません。しかし、「日付表示機能つきの腕時計」はAさんも製造することはできないのです。
 だから、Aさんが腕時計に日付表示機能をつけたい、と思ったら、Bさんと交渉をしなければならなくなる、ということです。Bさんが特許を取ったメリットはそこにあるのです。
 
 化学の分野では、そこに「選択発明」という概念が加わることで、非常に複雑な状況が生まれやすくなります。
 と書いたところで、長くなりましたので、選択発明についてはまた明日。

投稿者 八木国際特許事務所 | 記事URL

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