特許コラム
2010年12月 9日 木曜日
「レトリックと詭弁 禁断の議論術講座」
「レトリックと詭弁 禁断の議論術講座」(香西秀信著、ちくま文庫2010年)を読みました。
実際は少し前に読み終えていたのですが、非常に中身の濃い本で、自分のなかで色々と考えをまとめていると、本ブログで書くのは遅くなってしまいました。
以前も書いたように、私は香西秀信氏の本が好きで、以前に「論理病をなおす!」という本について本ブログでも取り上げさせて戴きました。
また、本書についても、読んでいる途中で軽く取り上げさせて戴きました。
本書は2002年に刊行された本の文庫化ということで、少し古い本です。しかし、「論理学」というものは中身が古くなることのない学問ですし、実際にこの本は少しも古さを感じることはありません。
本書では色々な人が書いた色々な文章(小説もあれば、エッセイ的な文章もあります)についての論理的な考察を主体とするものです。取り上げた文章も「雨月物語」「徒然草」のような日本の古典、プラトン、「坊ちゃん」「カラマーゾフの兄弟」等の近代文学、村上春樹のエッセイ等、非常に幅広い範囲に及びます。
それらについて、淡々とした冷静な文章で分析を行っていくのを読んでいると、感心させられるばかりです。色々と勉強になることが多いです。
ただ、一番重要なのは、本書は「詭弁を弄する技術」を得るためのものではなく、誰かが詭弁を弄した場合にそこから身をかわすための技術、を得るための本であるということです。そこのところが、私が香西氏の本を読むのが好きである理由の一つであるように思います。
私はこの本で書かれているような手法で誰かから論理的に追い詰められることは嫌いです(いや、それが好きな人なんて誰もいないでしょうが)。
だからこそ、こういったテクニックを身に着けることで自分の身を守ることはいいことだと思います。
そして、こういう詭弁というものを知ったことで、自分自身も他の人に対して無意識のうちに「詭弁を弄する」ことから逃れることも重要だと思います。
私自身、こういうブログをやっていると、この本を読みながらずっと、
「私がここで書いていることも香西氏が指摘されているような詭弁を弄してはいないだろうか」
と気になって仕方がありませんでした。
香西氏が引用された多くの文章のなかには、「わざと詭弁を弄している」言葉もあれば、自覚なく大変に不愉快な論理を持ち出している文章もあるように思います。
私もこの「無意識に詭弁を弄する」という状況に陥らないよう、注意しないといけないな、と思ってしまいました。
投稿者 八木国際特許事務所